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中身のない人間がブログをやる危険性

平成28年(2016年)1月19日(火)

 先週、昨年5月に書いたブログに対して、お叱りのコメントをいただきました。

 

 ブログの内容は、とある神社で御朱印をいただく際、待っている間に、御朱印所の写真を撮っていたら、巫女さんに注意され、それについて、ちょっと愚痴っぽいことを書いてしまったんです。

 

 それに対して、

 

御朱印を授与してくださる巫女さんの写真を勝手に撮るなんてとんでもないマナー違反ですよ。

普通は静かに待つものでは?
もちろんスマホとかいじったり話をするのもマナー違反。
気分を害して素っ気なくなってしまっても文句言う資格ないです。
それに御遷座何年とかなくてもいいじゃないですか。
御朱印はすべていただけるだけでありがたいものです。
謙虚な気持ちと御朱印に対する知識が足りなくないですか?

 

 

 という、厳しいご指摘のコメントをいただいてしまいました(>_<)

 

 改めて自分の書いた記事を読み直すと、ご指摘の通り、巫女さんの対応になんら問題はなく、単なる私の言いがかりのような内容で、反論の余地はまったくありませんでした。

 

 その記事には、今でも検索で1日10件ほどのアクセスがありますので、当該箇所をしれっと削除しようかとも思ったのですが、自分のアホさ加減を晒し、他山の石としていただくため、あえて残し、おわびの追記をさせていただきました。

 

 これまで当ブログで、ネットのマナーやリテラシーについて、私の意見を何回か書いています。偉そうなことを書いておきながら、自分もまったくそれが身についていない、ということを、今回コメントをいただいて改めて痛感しました。

 

 当ブログは、私の感じたことや考えたことを、なるべく飾りや脚色を付けずに、ありのままに書く、ということを心がけていますので、愚痴っぽいことを書いてしまったのは、迂闊だったかもしれませんが、まあ仕方ないかな、とも思っているんですが、それよりも、そもそも御朱印所の写真を撮る、という行為が必要だったのか、ということは、深く反省しました。

 

 旧ブログの2年半前の記事で、こんなことも書いていました。

 

〜旧ブログ『THE タムラ★ニュース』の2013年6月27日の記事です〜

 ブログを始めて感じることは、文章を書くことを生業(なりわい)にしてる人って、ほんと大変だなあ、ということです。とくに、新聞とか雑誌とか、連載で書いている人は、体調が悪い時もあるでしょうし、書きたいことが思い浮かばないときもあるでしょう。それでも書かなきゃならない、って、結構つらい状況だと思います。まあ、仕事だからどんなコンディションでも書かなきゃならないのは、当然と言えば当然なんですが、ゼロから何かをクリエイトする仕事の人って、やっぱり尊敬してしまいます。

 

 動画投稿サイトのYou Tubeに、爆弾が爆発する様子の映像をアップしていた、京都府在住の高校生が警察の事情聴取を受けた、というニュースを見ました。

 

 その映像は、撮影者が投げたと思われる白い球みたいなのが道路上にコロコロと転がっていき、数秒後に爆音とともに結構大きな炎が舞い上がる、というものです。中には、爆発の瞬間、近くに通行人が通っているような映像もあり、興味がある人には面白い動画なんでしょうが、やっぱり危険な行為であると言わざるを得ません。

 

 動画をアップした高校生が撮影し爆発させた本人なのかはわかっていないようですが、いずれにしても、一般人が、動画投稿用に爆弾を仕掛けて撮影したものであることは間違いないようです。

 

 人に見せるための文章とか絵とか写真とか動画のことを「コンテンツ」と言います。英語で「内容」とか「中身」という意味ですが、コンテンツを作り出す側の人間も「コンテンツ=中身」がなければ、いいコンテンツは作れないと思うんです。

 

 インターネットの発達で、いわゆる素人がコンテンツを気軽に発表できる環境になったのは素晴らしいことですし、私もその恩恵にあずかっているんですが、やっぱり、不特定多数にコンテンツを発表していくためには、プロ・アマ問わず表現者自身が、自分自身の人間としてのコンテンツを高めていかないといけないんだろうな、と思います。サッカーの本田圭佑選手が先日のオーストラリア戦後の記者会見で言っていたように、「個を高める」ということが必要なんだと思います。

 

 しかし、個を高める前に、手軽に、みんなの耳目を集めるようなコンテンツを作るためには、犯罪的な過激なコンテンツを無理やり作らなくてはならなくなります。動画をアップした高校生も、もしかしたらそんな意識があったんだろうと思います。

 

 犯罪的なコンテンツを無理やり作る、と言えば、古い話を蒸し返して恐縮ですが、くまぇり事件を思い出さずにはいられません。2006年、くまぇりというハンドルネームの20歳の女性が、近所で多発していた火災の現場写真を自身のブログにアップし続け注目を浴びていましたが、実は、ブログに載せるために自分自身で近所の家を放火して回っていたのでした。もちろんその女性はその後逮捕され、実刑判決を受けました。

 

 やっぱり、素人がそれなりのコンテンツを作るためには、しっかり研鑽を積んで、素人ならではの視点・考え方をはぐくんで、地道に長い時間かけて継続してやっていかねばならないんでしょうね。いくら趣味とは言え、充実したブログを継続して運営していくには、それなりの覚悟がないとならないんだろうな、と。この10年で、ブログ→ツイッター→フェイスブック→LINEと、広くコンテンツを発表するためのサービスから、閉じた関係の中で気軽に発信できるサービスに人気が移っていったのも、当然の気がします。

 

 そんな時代の中、私も含めあえてブログを続けている人は、多かれ少なかれクリエイター魂があるんだと思います。だから、ブログを通じて、自己を高めていき、リアルな生活を充実させていければいいなあ、なんて考えています。私も、当面の間は、ブログをがんばって続けようと思います。

 

 

 もちろん、私は犯罪行為を犯してまでブログネタを作る、ということはありませんが、中身のない人間が無理やりコンテンツを作っている、という点では、この記事で触れた京都の高校生や「くまぇり」という人と、同じではないか、と思ったんです。それが、「御朱印所の写真を撮る」という行為につながってしまったのではないかと…。

 

 写真撮影に関しては、ブログには書いたことはありませんが、今までブログのための写真を撮りに行って、何回かトラブルになった(なりかけた?)こともあるんです。

 

 一度、とある駅で写真を撮っていたら、他の乗客の方と、ちょっとした口論になったこともあるんです。

 

 ブログを始めてから、いつも「ブログを書く意義ってなんだろう」ということは自問自答しているんですが、今回、お叱りのコメントをいただいたことで、改めて今後のブログの方向性や、私の生き方について深く考えました。続きは明日のブログで!