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Happy-Go-Lucky Дневник

当ブログは2018年3月31日を以って完全終了(廃止)いたします!

2016年12月21日 新ブログ開設!


http://www.tamuratakuto.com/



学問は、見栄や衒(てら)いでやるもんじゃないですよね〜(^o^)

平成27年(2015年)12月26日(土)

 10月下旬に、東京・神田神保町で、お二人の方とランチ&お茶をしました(^o^) その方達は、私が昔働いていた会社でアルバイトスタッフとして働いていらした方です。

 

 お二人にお会いするのは、4年ぶりくらいでしたので、(話すことあるかな〜)なんて、会う前はちょっと不安だったんですが、お会いしてみると、4年のブランクを感じさせず、楽しいお話で盛り上がりました*(^o^)/*

 

 そのうちのお一人は主婦の方で、短期大学を卒業して一般企業に就職したものの、通信制の四年制大学に入り直し、なんと数年前に卒業されたんだそうなんです!

 

 4年よりは多くかかって卒業したそうなんですが、それでも通信制大学の卒業率は極めて低いので、卒業したのはすごいことです。しかも、家事や仕事をしながらの勉学な訳ですから。ご本人は四大卒の肩書きが欲しかっただけ、なんて言ってましたが、それだけのモチベーションでは、絶対に卒業までには至らなかったと思います。

 

 また、もう一人の方は、大学を卒業した後、やはり一般企業に就職されたのですが、その後会社を辞めて大学院に入って、今も研究活動をされている方なんです。

 

 私は、大人になっても(あるいは大人になってから)勉強する人が大好きで、自分もしたいしたいと思いながらできてないので、尊敬もしてしまうんです。

 

 それで、大学院生の方が、帰り際に「いつもは研究室の人たちとしか話さないから、こうやって一般の社会人(果たして私を一般の社会人とカテゴライズしていいのかは置いといて…)の人たちとたくさん話せて、良かったです」と言ってくれたんです(≧∇≦)

 

 大学というのは、とかく「象牙の塔」などと言われて、身内だけでムラを作って社会との接点を作りたがらない傾向にあるようですが、その大学院生にそんなことを言われて、とても嬉しかったし、こういう方は、ホントに社会に有用な(←実用という意味だけではないです)研究をしてくれるんだろうな、としみじみ感じました。

 

 象牙の塔、といえば、それを象徴するようなツイッターの炎上騒ぎが2012年2月に起きました。

 

 有名大学教授と名乗る人物が、「最近、放送大学を卒業して有名大学の教授になっているのがいるが、これってありですか?本当の大学を卒業してないのだから、大学というものを理解してないと思う。こんな教授に教わる学生がかわいそう」などとツイートしたのです。

 

 それに対して、「本当の大学の定義って何ですか?放送大学は正式な大学です」という反論のツイートがあり、それに対して有名大学教授と名乗る人物が「そんなことがわからないとは、あなた放送大学出身ですか?そういう質問をすること自体、放送大学なんですよ」と再ツイートすると、反論した方が「私は学長です」とツイートして、それ以来一切有名大学教授と名乗る人物からのツイートはなかったそうなんです。

 

 まるでコントのような展開ですが、その後、放送大学を批判したアカウントの持ち主は本当に地方の国立大学の教授で、また「学長です」とツイートしたのは、放送大学の岡部洋一学長ご本人だったということが明らかになりました。

 

 言うまでもなく、放送大学は、テレビ・ラジオを通して授業を受ける正規の大学で、1983年に開学した長い歴史があります。入学試験はなく誰でも入れますが、授業のレベルは通学制の大学と同等で、卒業は容易ではありません。卒業したら「学士号」(いわゆる「大卒」)の資格も得られます。

 

 むしろ、放送大学を始め、通信制の大学は、授業ごとにレポートを提出して、それに合格しないと単位認定試験が受けられません。当然「代返」もできませんし、何十年も前に発刊されたカビの生えたような教授の著書を買わされ、そこに書いてあることをレポートにまとめればOK、毎年同じ講義、同じ試験問題で単位が取れる、なんてこともないのです。

 

 そういう意味では、通信制の大学を卒業した人は、むしろ通学制の大学を卒業した人よりも、真の学問の実力があると言えます。しかも、多くの人が社会との関わりを持ちながら勉強しているので、空理空論に終わらない、実生活、実社会に即した学問を身につけている、とも言えるのです。

 

 でも、放送を利用した大学は、世界中にたくさんあるし、放送大学も30年の歴史があるんだから、批判ツイートした大学教授が、放送大学が正規の大学だということを知らないはずはありません。

 

 おそらく、その教授の気持ちの根底には、「対面で授業をしない大学は本当の大学ではない」「誰でも入れるということは、入試偏差値は0ということで、大学の価値はない」というのがあったんだと思います。岡部学長もそのことを見透かして「本当の大学の定義って何ですか?」という反論ツイートをしたんだと思います。

 

 今や、世界中の名門大学の授業がネットで見られる時代です。終戦直後の青空学級じゃあるまいし、大学生にもなって、ひとつのキャンパスに集まって、仲良く授業を受けるのが価値が高いなんて、何時代の話なのか、と思ってしまいます。

 

 それに、いまだに大学人のみならず、世間一般の人も、入試偏差値ヒエラルヒーにとらわれて、大学4年間何をしたか、そして卒業して学んだことをどう生かしたか、ということを問うよりも、「○○大学出てるの?!すごい!!」とか「××大学なんだ。大したことないんだね」なんて平気で言ったりします。

 

 もちろん、難関大学の入試の勉強は大変だし、それを乗り越えてきたのは、その人物の評価のひとつだとは思うんですが、それが社会的な評価あるいは能力のすべてじゃないでしょう。

 

 しかも、21世紀に入って10年以上も経ってるのに、いまだに「本当の大学」とかいう、ムラでしか通用しないわけのわからない基準にこだわっている大学教授もいるんですから、日本の大学教育が世界レベルになるのは、まだまだ先のことだと思わざるを得ません。