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Happy-Go-Lucky Дневник

当ブログは2018年3月31日を以って完全終了(廃止)いたします!

2016年12月21日 新ブログ開設!


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吉祥寺の地名の由来となったお寺で御朱印をいただきました!

平成27年(2015年)11月18日(水)

 私は毎月1回、お寺や神社にお参りして御朱印というものをいただくことにしております。

 

 それで、ブログを一時休止していました9月は、東京・駒込の吉祥寺というお寺にお参りに行って、いただいてまいりました。

 

 吉祥寺と聞いて、「あれ?駒込?吉祥寺って、武蔵野市だよね〜?あの吉祥寺とは違うのか〜」と思われた方、半分正解です(^o^)

 

 東京で住みたい街ランキングでいつも1位のおしゃれタウン吉祥寺は、確かに武蔵野市にあります。でも、その吉祥寺に「吉祥寺」という名前のお寺はないんです。

 

 じゃあ、半分正解って何?ということになりますが、なんと、武蔵野市の吉祥寺の地名の由来が、私が今回ご紹介する吉祥寺にあるんです。

 

👇JR山手線の駒込駅から歩いて15分くらいで、吉祥寺の山門に着きました!

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👇先ほどの山門は、いかにも山の中にありそうなたたずまいでしたが、本郷通りに面して建っていました。門から本郷通りを写した写真です。

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 長禄2年(1458年)に、太田道灌が江戸城を造っている時に井戸を掘ったら、「吉祥増上」と書かれた金印が出てきたそうです。これはありがたい、ということで、道灌はそこに庵を立て「吉祥寺」と名付け、金印をお祀りしました。

 

 その後、天正15年(1591年)に、現在の東京ドーム近くの都立工芸高校のある場所に移転します。当時、今の水道橋は、吉祥寺橋と呼ばれていたそうです。

 

 そして、江戸時代の明暦3年(1657年)に、江戸城の周辺地域で大火事(明暦の大火)があり、吉祥寺も焼失、それによって駒込の現在地に移転したんです。

 

 その火事で焼け出された吉祥寺の門前に住んでいた人たちは、幕府によって郊外の土地を与えられ、そこを開墾して移住しました。それが、現在の武蔵野市の吉祥寺に当たる地域だったのです。

 

 移り住んだ人たちは、吉祥寺に愛着を持っていたため、新しい土地に「吉祥寺」という名前をつけた、というわけだったのです。

 

👇門には「栴檀林(せんだんりん)」と書かれた扁額が掲げられていました。

駒込に移転した吉祥寺は、七堂伽藍を擁する大寺院となり、そこに「栴檀林」という僧侶養成所(駒澤大学や世田谷学園の前身)があり、1000名もの学僧が学んでいたそうです。江戸では昌平坂学問所とならぶ漢文研究の中心だったそうです。

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👇本堂です。観光地化は全くされておらず、大きな墓地もあって、一般の菩提寺、という感じでした。

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👇本堂向かって右側に、「総受付」と書かれた新しい建物がありました。この中で御朱印をいただけました。

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👇御朱印を書いていただいている間、なんと、美味しいお茶を出していただきました*\(^o^)/* 泉岳寺で御朱印をいただいた時はお煎餅をくださったし、私の実家の菩提寺が曹洞宗なので贔屓目もあるかもしれませんが、曹洞宗のお寺って、優しいところが多い気がします。

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👇応対してくださった女性職員の方に「写真とってもいいですか?」とお聞きすると、快く承諾してくださいました。御朱印は2種類あるようですが、私は右側の「栴檀林」と書かれた方をチョイス。

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👇こんな御朱印です!

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