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Happy-Go-Lucky Дневник

当ブログは2018年3月31日を以って完全終了(廃止)いたします!

2016年12月21日 新ブログ開設!


http://www.tamuratakuto.com/



ついに人生初の富士山に登りました!と言っても、都内の神社ですけど(≧∇≦)

平成27年(2015年)7月4日(土)

 今年も半分が過ぎましたね〜。私はお正月のブログで、今年の抱負として「動」という漢字一字を掲げました。まだまだ本格的には動き出してないけど、人生の後半生の飛躍に向けて、少しずつ動き出している兆候は感じています(でも、それって、まだ何にもやってないってことだよね〜、というツッコミはナシでお願いします^^;;)。

 

 神道では、6月30日に「夏越(なごし)の大祓(おおはらえ)」という神事が行われます。各地の神社では、人が通れるほどの大きなしめ縄の輪っかを作り、そこを通り抜けることによって半年間の病や穢れを取って、新たな気持ちで大晦日までの半年を過ごす、という「茅の輪(ちのわ)くぐり」という行事も行われますよね〜^o^

 

 そんなわけで、今週30日火曜日、東京都台東区下谷にある小野照崎(おのてるさき)神社というところに行って、茅の輪くぐりと、境内にある富士浅間神社の富士塚のお山開き(開山式)の行事を見に行ってまいりました!

 

👇東京メトロ・日比谷線の入谷駅から歩いて3分のところにありました。鳥居のところには「お山開き」の提灯も掲げられていました。

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👇境内には、お山開きのお知らせも貼ってありました!

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👇鳥居(入谷駅側)を入ってすぐの右手に社務所があって、そこで御朱印もいただけます。6月30日と7月1日の限定で、お山開き特製の御朱印も授与される、とのことでした。

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👇お山開きは10時からでした。私が行ったのは8時ちょっと過ぎ。まだ茅の輪の取り付け作業中でした^^;;

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 小野照崎神社は、平安時代に参議という国家の要職にあり、儒学者、歌人としても知られる、小野篁(おののたかむら)を御祭神に祀っている神社なんです。百人一首の「わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海士の釣り船」という有名な句の詠み人としても知られていますよね〜。

 

 この、小野篁が東征の任に就いた時に住んでいたのが上野の照崎(今の上野公園のあたり)で、篁が亡くなった後の任寿2年(852年)に、地元の人たちが篁公を偲んでお祀りしたのが、この神社の始まりだそうです。

 

 江戸時代になると、寛永寺の建立のため、幕府から坂本村の長左衛門稲荷神社境内(現在地)に遷座を命じられて、今日に至っています。

 

 そんな、学問にも芸事にも長けていた篁公にあやかろうと、今でも受験生や芸能人、芸術家の信仰も厚い神社となっているのです。

 

 この神社、別名「禁煙神社」とも呼ばれているそうです。これは、昭和期を代表する俳優の渥美清のエピソードによるものです。

 

 若き日の渥美清は、役者としての自分の才能を信じていたものの、全く売れない日々が続いていたそうです。

 

 そこで友人に相談すると、「何かを得ようとしたら、何かを我慢しなければならない」とアドバイスされ、大好きなタバコを我慢しようと思いつき、この神社にお参りに行って「もう一生タバコは吸いませんから仕事をください」と願掛けしたところ、なんと数日後に、彼のライフワークとなる『男はつらいよ』の寅さん役のオファーが来たのだそうです。

 

 このエピソードが伝わり、今でも若手の芸能人や音楽家、芸術家たちが夢の成就を願ってお参りに来るそうなんです。とくに、渥美清がしたように、何か大好きなこと一つを我慢すると、より願いが叶いやすくなるとか。私も密かに(食べ過ぎを我慢しよう!)と願掛けしました^o^

 

👇境内には、富士浅間神社も鎮座していて、国の重要有形民俗文化財にも指定されている富士塚もあるんです。6月30日にお山開きが行われ(本物の富士山の山開きは7月1日)、毎年6月30日と7月1日の2日間だけ、一般の人も登れるのです。

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 富士浅間神社は、小野照崎神社とは由緒は異なっています。日本には古来より、富士山を神様に見立てる「富士信仰」というのがあり、江戸の町では各地に富士山を模した富士塚というミニチュアの富士山が作られ、そこに登れば本物の富士山に登ったのと同じくらいのご利益が得られる、とされてきたんです。

 

 それで、この富士浅間神社も、天明年間(1782年)に、なんと富士山から岩石を運び入れて造られた富士塚なんだそうです。

 

 さて、ちょっと早く着きすぎた私は、10時のお山開きまでの間、近くのコーヒー屋さんで朝ごはんを食べ、9時半過ぎに再び神社を訪れました!

 

👇茅の輪も、しっかりとセッティングされていました!

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👇10時近くなると、禰宜(ねぎ)さん(?)が、何やら紙を配布されていました。「片手ですみません」と、とても物腰柔らかく渡してくださいました。この神社の神職の方は、みなさん感じのいい方ばかりで、とても好きな神社になりました^o^

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👇渡していただいたのは、大祓詞(おおはらえことば)の紙(祝詞の歌詞カードみたいなものです)と、中に何か入っている四角い紙です。

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👇説明をしてくださっている神主(?)さんです。すごいイケメンの方でした(*^^*)

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👇四角い小さい紙の中には、「形代(かたしろ)」と呼ばれる人の形に切り抜かれた紙が入っていました。

この形代を、全身にタッチして(とくに体の悪い部分には重点的にタッチするといいそうです)、その後フッーと息を3回吹きかけて、半年間の病と穢れを、この形代に移していくのです。

その後、形代は回収され、後でお焚き上げしてくださるそうです!

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👇一通り、お祓いの神事が執り行われました。ここで、先ほどの大祓詞を見ながら、神主さんと一緒に祝詞をあげるのです。

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👇その後、神職、氏子会の方の茅の輪くぐりがありました。

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👇その後、一般の方も茅の輪くぐりOKとなりました。もちろん、私もくぐりました。

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👇茅の輪くぐりには、こんなルールが!私もこれを見ながら、くるくる回りました(≧∇≦)

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👇茅の輪くぐりの後は、本殿にお参りです。七夕の笹の葉も飾られていました!

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👇神官による茅の輪くぐりの儀式の後、ついに富士塚のお山開きの行事も行われました!神官に続いて、氏子会の方々が富士塚に登ります。

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👇その後、一般の方も登れるようになるのですが、長蛇の行列が^^;; でも、山頂までは数分で登れますので、そんなに長時間並びませんでした。

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👇さて、いよいよ門をくぐり、私も登りますよー^o^

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👇「登山道→」の看板。ちょっと大袈裟な感じ?

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👇ちゃんと1合目から10合目まであるんです。

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👇3合目付近は道も広くなだなだらかです。

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👇5合目付近です。

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👇山頂まであと半分です!

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👇この辺に来ると、道も狭くなり、岩もゴツゴツしていて、やや登るの大変になってきます。ハイヒールやサンダルは、結構危険です!

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👇途中には、お地蔵さんがいる小さい祠や碑もありました!

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👇8合目、9合目付近は、相当岩がゴツゴツ。

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👇頂上が見えてきました!ポールが立ってるところが山頂です。

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👇山頂から富士山の方角をパチリ!

みなさん、山頂に立たれたら、富士山の方向に向かってお祈りしてましたので、私もそうしました。もちろん今は富士山は見えないけれど、本殿よりも少し右側の方向が富士山の方向だそうです。

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👇降りるときも、結構狭くて急な坂で、ちょっと怖かったです^^

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👇麓まで降りてくると鉄の板の道が設置されていて、本物の登山のようですよね〜^o^

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👇麓から山頂をパチリ!本物の富士山の岩石だから、なんかすごいリアル感でした!

江戸時代は今よりも娯楽が少ないから、江戸っ子はみんなでキャッキャキャッキャ言いながら登ったんじゃないでしょうかね〜。

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 いやー、期待以上に良かったです、富士塚登山!神社のアトラクションとしては、過去最高かも^^ 死ぬまでに本物の富士山に登ってみたいけれど、なんか面倒くさそうだし、これでもいいかも^^;;

 

 都内には、他にもいくつかの富士塚が現存しているそうなので、他のところも登ってみたくなりました!

 

 おっと、御朱印!もちろん、御朱印帳は持って行ったんですが、見たらなんと長蛇の列!最近はプチ御朱印ブームで、御朱印ガールなる人たちも出現しているらしいですが、御朱印帳を持っている人たちが、たくさん並んでいらっしゃいました。

 

 それで…行列を見て、まさかの御朱印頂かずに退散しました^^;;

 

 いつもこのブログを読んでくださっている方は、「出たよ出たよ、また行列が嫌い、人ごみが嫌い、人の気を感じる、とか言って屁理屈こねようとしてるよ、コイツ」と思われたと思います。

 

 確かにそれもあるんです^^ でも、まず、一連の神事が結構予想以上に長めで、10時に始まって、富士塚に登れるようになるまで1時間以上かかりました。それで富士塚に登って、降りてきたらその行列です。ゆうに30分以上は並ばないといけない感じで、私は次の日(というか当日夜)も夜勤の仕事があって、帰って寝ないと死んでしまいそうでした。世界初の「ブログ死」になりたくはないので、さっと切り上げて帰宅の途についたのです。

 

 それに、実は先月は、このブログでも書いたように、1日に高円寺の気象神社というところで御朱印をいただいていました。もしこの日御朱印をいただいたら、月2個目ということになって、「1ヶ月1個のみ」という自己ルールはついに破られるところでした(でも、そんなルール、もはやどうでもいいんですけどね〜。私もそのつもりで御朱印帳を持って行きましたし…)。

 

  あと、来年の6月30日か7月1日に再訪して、また富士塚に登りたいな〜、とも思ったんです。つまり、お山開きの特別な御朱印はそのときまでお預けにしたいと思っています^o^