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少年法はもはや年齢差別以外の何物でもない!と思います。

平成27年(2015年)3月10日(火)

 これまで、少年による凶悪な犯罪が発生するたびに論議の対象になり、実際改正されてきた少年法。 

 

 先月、神奈川県川崎市で13歳の男子中学生が、17〜18歳の少年らに惨殺されるという事件が発生したことにより、再び少年法の是非について論議が起きています。

 

 それで、私の現時点での少年法に対する意見としては、「全廃でいいのではないか」というものなんです。

 

 現在の少年法は、1948年にGHQの指導のもと成立した法律で、犯罪を犯したとき20歳未満の者は、成人と同じように刑事処罰を科すのではなく、保護と更生を主眼に処遇すべきとの考えから、量刑を軽くしたりする配慮がなされることになっています。

 

 この法律が成立した当初は、戦後直後の混乱期で、貧困による少年犯罪や大人の犯罪に巻き込まれる少年犯罪が多発したこともあり、そういう少年には刑罰より保護を、という考えが背景にあったそうなんです。

 

 でも、その後、成人と同様か、むしろ成人顔負けの凶悪な少年犯罪が発生するようになって、2000年以降、刑事処分可能な年齢が16歳から14歳に引き下げられたり、少年院送致の年齢が引き下げられたりしていますが、20歳未満の者に対しては、成人よりも量刑を軽くする、といった法律のおおまかな部分は、60年以上変わってはいません。

 

 川崎市の事件を受けて、公的に、私的に、いろいろな人が意見を言っています。

 

 自民党の稲田朋美政調会長は先月27日の国会内の会見で、「犯罪を予防する観点から、今の少年法の在り方でいいのかはこれから課題になる」「少年が加害者である場合は(報道などで)名前も伏せ、通常の刑事裁判とは違う取り扱いを受けるが、(少年犯罪が)非常に凶悪化している」と述べたそうです(産経新聞より)。

 

 少年法に対して国民的な議論を起こしてほしい、というメッセージを送るのは政治家として当然だとしても、私はこれはちょっと感情的、扇動的な意見なのではないかな〜、と思ってしまったんです。

 

 私はもちろん殺人などした経験がないので、人殺しの心理を完全に理解するのは無理かもしれませんが、人殺しをするような凶悪少年が、「今年から少年でも死刑になるんだよな〜、殺すのやめよ」と思うなんて、ちょっと信じられないんです(中にはそれで抑止する人もいるかもしれませんが、ゼロにはならないでしょう)。

 

 それに、成人犯罪を見ても、明らかに死刑になるような事案である保険金連続殺人や無差別通り魔殺人といった事件は、一向に無くなる気配がありません。

 

 刑罰を重くしたからといって、それが犯罪の完全な抑止につながるなんて、とても信じられないのです。

 

 それと、「(少年犯罪が)非常に凶悪化している」という部分も眉唾ものです。何をもって「凶悪化」とするかについては意見の相違があると思いますが、実は我が国における少年犯罪は減少しているんです。

 

 平成26年版警察白書によると、20歳未満で刑法犯で検挙された人の数を同年齢層の1000人あたりの人数で見た統計があって、それによると、1997年〜2003年まで1000人あたり15〜17人くらいで推移していたのが、2004年以降減少の一途をたどります。2003年には1000人あたり17.5人だったのが、2013年には1000人あたり7.8人へと激減しています(人口比ですので、少子化は関係ありません)。

 

 それに、私が知る限り、日本における少年による凶悪犯罪として思い出されるのは、ともに1988年に発生した、東京・足立区の女子高生コンクリート詰め殺人事件と、名古屋市のアベック襲撃殺人事件で(少年法の規定により、両方の事件とも死刑判決にはなっていないどころか、どう考えても軽すぎる量刑となり、実行犯は現在は刑期を終えています)、少なくとも21世紀になって、これを超える残忍な少年犯罪を知りません。

 

 私は、少年法に関しては、予防的観点とか、凶悪化に対する厳罰化が必要だという観点から反対なのではなく、これは明らかに「年齢差別」じゃないか!と思うから反対なのです。

 

 少年法51条は、犯行時18歳未満の者に対しては、死刑に相当する事案であっても死刑にしてはいけない、と規定しているのです。

 

 死刑判決の判決文を新聞などで読むと、よく「更生の余地なし」といった言葉が使われます。つまり、死刑というのは、「あんた、この先どんなに刑務所に入ったって、更生しないよ」と宣告されたのと一緒なのです。

 

 つまり、少年法の規定は、18歳は更生の余地はないが、17歳は更生の余地あり、と言ってるのと等しいのです。

 

 これは、死刑制度の是非とも関わる問題で、極端な例かもしれませんが、私が言いたいのは、犯罪の内容を考慮することなく、年齢で輪切りにするような法律は、あまりに乱暴なのではないか、ということなのです。

 

 もちろん、私は少年法の精神は大賛成です。とくに、法律の制定時に想定された、貧困のために仕方なくパンを盗むとか、大人に脅迫されて犯罪の片棒を担がされた、とか、そういうのは、当然配慮があってしかるべきですが、それは少年法がなくても、普通の裁判だって、ちゃんと情状酌量というのが認められるのです。

 

 逆に、あまりの非道な犯行に裁判官が量刑を重くしたくても、少年法によって18歳未満は上限が決まっていて、それ以上の量刑を科すことができなくなっているのです。

 

 2009年に大阪・富田林市で発生した、18歳の男子高校生が15歳の男子高校生を撲殺した事件の裁判で、大阪地裁の裁判長は元・少年に不定期刑を言い渡した上で、「少年法の適切な改正が望まれる」という異例の呼びかけをして、話題になりました。

 

 犯罪を裁くに当たっては、犯人の年齢がどうかということよりも、結果の重大性を鑑みて判断されるべきだと思うし、情状酌量の余地があるものは、たとえ20代だろうが30代だろうが、配慮されてしかるべきなのではないかと私は考えるのですが、この考え方はおかしいでしょうかね〜。