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東京の愛宕神社の「出世の石段」を登って、御朱印をいただきました!

平成27年(2015年)2月28日(土)

 今年も残すところあと10ヶ月となりました〜(それ、毎月言う?というツッコミはなしでお願いします^^;;)。2月は短いということもありますが、2015年もあっという間に2ヶ月が過ぎました。

 

 このブログを定期的にご覧いただいている方ならご存知だと思いますが、私は2009年11月より、毎月1回、どこかの寺社にお参りに行って、御朱印というものをいただく、ということにしております。

 

 それで、今月はどこのお寺・神社にもお参りに行かないまま、ついに月末まで来てしまいましたので、昨日27日金曜日、御朱印をいただきに、東京・港区にある愛宕(あたご)神社に行って参りました。

 

?愛宕神社は、慶長8年(1603年)の創建です。これは、江戸に幕府を開くにあたり、初代将軍の徳川家康が、防火の神様として祀ったのが始まりだそうです。

愛宕神社の総本社は京都にあり、火伏せ(防火)の神様として知られています。

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 それで、なんでこの神社に行ったのかというと、「出世の石段」として江戸時代より知られる急な階段があって、そこを登ってみたいと思ったからなのです。

 

 私は、お金持ちになりたいとか、有名になりたいとかいう気持ちはホントに希薄で、それゆえ、努力するというモチベーションも相当低く、うだつの上がらない人生を送っています。

 

 もちろん、そういう人生でも悪くないとは思っているんですが、今よりもうちょっとだけ頑張って、もっと社会に積極的に関わっていきたいな、という気持ちもあって、それじゃ景気づけにいっちょ「出世の石段」でも登ってこようか、と思い行ってきたのです^^

 

?東京慈恵会医科大学の近く、愛宕下通りに面したところに、大鳥居があり、脇には「出世の石段」と書かれた看板がありました!

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?大鳥居をくぐると、86段の急な階段が現れました!(>_<)

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?階段の両脇には、狛犬が無事登れるように見守ってくれています。なかなか可愛い顔をした狛犬です。

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 ところで、なんで「出世の石段」と呼ばれているのかというと、江戸時代の故事にちなんでいるのです。

 

 寛永11年(1634年)の春のある日、3代将軍の徳川家光が徳川家の菩提寺である増上寺のお参りに行った帰りに、この石段の前を通りかかります。

 

 それで、石段の上には梅が満開で、それを目にした家光は「誰か、馬にてあの梅を取って参れ」と、今なら完全にパワハラでアウトなムチャぶりを家臣たちにします。

 

 でも、こんな急な石段を馬で登ったら、一歩間違えば馬もろともにすってんころりんして、下手をすれば命を落とすことになりかねませんので、みんな一様に下を向いて黙り込んでいました。

 

 あまりに情けない家臣の様子に家光もイライラしていたところ、一人の男が馬で石段を登り、見事に梅を取ってきて、家光に献上しました。

 

 家光はその男のことを知らなかったのですが、讃岐丸亀藩(今の香川県丸亀市)の家臣の曲垣平九郎(まがき・へいくろう)という男だと知らされ、家光は感心して「日本一の馬術の達人」と称え、日本中にその名を轟かせるようになったのだそうです。

 

?50段目まで登ったところで、後ろを向いてパチリ!ビルの4階くらいの高さがありますね!

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?そして、登りきったところでパチリ!さっきより、大鳥居が小さく見えます。でも、見た目ほど、登るのはキツくはなかったですよ^o^

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?階段を上ったところの正面に、一の鳥居がありました(でも、鳥居の全景がカメラに収まらなかったので、石段を5段くらい降りて撮りました^^;;)。

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?一の鳥居を抜けると、丹塗りの門というのがありました。

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?さすが、家康公が創建しただけあり、葵の御紋が輝いていました!

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?門をくぐると、本殿です。こじんまりしてますが、なかなか立派な佇まいです。

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?本殿の前には、「招き石」なるものがありましたので、とりあえずナデナデ。

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?本殿に向かって左側には、「平九郎手折りの梅樹」の看板がありました。

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?とりあえず、これが、曲垣平九郎が折って家光公に献上した梅の木みたいです。

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?なんと、曲垣平九郎の顔出しパネルが!こんな感じで石段を登ったのかな?でも、平九郎はともかく、馬の顔までくり抜かなくても…普通に馬の顔の絵でよかったんではないでしょうかね〜^^;;;

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?境内は、ステキな池に鯉が泳いでいたりして、都心のど真ん中にあるとは思えない、超癒しの空間が広がっていました!

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?そして、池の脇には「三角点」の石柱がありました。三角点とは、土地の標高を測ったりするときに、三角測量の基準になるものです。山の山頂付近には、この三角点が置かれます。

それで、なんでこんなところに三角点があるのかと言うと、なんと、愛宕神社は、愛宕山という、自然にできた山の上にあるんです。

標高は海抜25.7メートルしかないんですが、自然に形成された山岳としては、東京23区最高峰だそうです。

ちなみに、早稲田大学の近くにある箱根山(新宿区)は44.6メートルでさらに高いですが、なんとその山は、江戸時代に屋敷の庭園の池を掘った際の残土を積み上げてできた人工の山だったのです!

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?23区最高峰の登頂記念に、ピースサインでもう一枚!

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?おっと、肝心の御朱印!本殿向かって右手に社務所があって、そこでいただけました。葵の御紋の幕がかかっていて、畏れ多い感じです。

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?こんな感じの御朱印です。字がキレイ!しかも、「如月(きさらぎ=2月のこと)」と書いてあるのがいいですね〜。このように、月の異称で書かれた御朱印は初めていただきました。「水無月(6月)」とか「神無月(10月)」「師走(12月)」なんかもカッコイイかも^o^

ちなみに、なんで2月を「きさらぎ」というかと言うと諸説ありますが、寒いから着物を重ね着する季節であることから「衣更着」から転じた説が有力です。

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 いつものように、まだまだ続きま〜す^o^

 

?帰りは、出世の石段を降りずに、横にある、なだらかな「女坂」の石段を下りました。出世の石段は「男坂」とも呼ばれています。

登りは「男坂」、下りは「女坂」ということで、男としてこの世に生を受けた私ですが、もしかしたら、死ぬときは女であの世に行くのかも(ウフッ)❤️

《まる2005さんに業務連絡。もちろん冗談です。私は日本男児として、生涯を全うします!でも、女子会には呼んでねo^^o》

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?左が男坂(出世の石段)、右が女坂です。でも、私が見た限り、男女問わず、みなさん男坂を登られてました。男だろうと女だろうと、当然みんな出世したいですもんね〜(男坂の方が本殿に近い、ということもあります)。

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 ところで、愛宕神社は、東京メトロ日比谷線の神谷町駅、銀座線の虎ノ門駅、都営三田線の御成門駅が最寄駅となります。

 

 それで私は、自宅があるJR京葉線の稲毛海岸駅に帰るため、日比谷線・神谷町駅→八丁堀駅で京葉線に乗り換え、というルートを使いました。

 

?石段を降りて愛宕下通りを右に行くと、すぐに「愛宕神社前」交差点があります。

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?その交差点を右折するとすぐのところに、トンネルが見えました。これが、愛宕山を掘り抜いた「愛宕トンネル」です。

このトンネルは、東京23区内で唯一の”山岳トンネル”だそうです。トンネルを抜けると、桜田通り、神谷町方面に行くことができます。

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?トンネルのところには「愛宕隧道」という銘板がありました。「隧道(ずいどう)」とは、トンネルの古い言い方です。右から書いてあることからもわかるように、戦前の昭和5年に開通したトンネルだそうです。

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?トンネルの脇には、「愛宕山エレベーター」がありました!お年寄りや足の不自由な方、急な石段を登りたくない方は、こちらから愛宕神社に行くことができます。

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?エレベーターホールには、「出世の石段」の案内も! でも現代では、平九郎のように、上司のパワハラに耐えながら、命を賭して出世の階段を登るより、人生のエレベーターを見つけて、スイスイと要領よく生きる人の方が、出世が早い気がしますね〜^^

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?エレベータ内は、まさかの外が見えるタイプ。

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?上まで登ったところで、先ほどの愛宕神社前交差点をパチリ!

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?エレベータを降りるとステキなデザインの渡し橋があり、橋を渡って左に行くとNHK放送博物館、右に行くと愛宕神社があります。

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?愛宕山の上には、NHK放送博物館もあります。が、なんと、2月16日よりリニューアル工事のため閉館!再開は、今年12月の予定だそうです。

この場所は、大正14年に日本で初めてラジオ放送を実施したNHKの前身の東京放送局(JOAK)があったところなんです。

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?なお、トンネルの脇にも愛宕神社参道(西参道)があり、こちらも狭い急な階段がありますが、曲垣平九郎が登った出世の石段ではありませんのご注意。

愛宕神社の境内には、一等地のなかの自然豊かな環境ということもあって、おしゃれなレストランや老舗の中華料理屋さんもあり、若い女性のお客さんで賑わっていましたが、みなさん「出世の石段」を登ってお店に向かわれていましたよ^^

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 やっと終わりです。ここまで読んでくださった方、きっと出世しますよ〜^o^