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Happy-Go-Lucky Дневник

当ブログは2018年3月31日を以って完全終了(廃止)いたします!

2016年12月21日 新ブログ開設!


http://www.tamuratakuto.com/



巨人軍80周年の日に、発祥の地・谷津公園に行ってきました!

平成27年(2015年)1月6日(火)

 このブログにアクセスしてくださった皆さん、もうお屠蘇(とそ)気分は抜けましたか〜?ほとんどの会社は、昨日5日が仕事始めだったので、今日もお屠蘇気分なのは、相当なセレブリティーか、あるいはニートか、といった感じでしょうかね〜(偏見に満ちた、勝手な決めつけをしてしまいました。すみません。。。)。

 

 明日7日はお正月飾りを外して、七草かゆを食べ、今度の日曜(11日)は鏡開き、次の12日は成人の日、15日は小正月と、まだまだ新年の行事は続きますね〜。今月中は新年会の予定でいっぱい、という方も多いのではないでしょうか?

 

 そんな中、今回の当ブログは、まさかまさかの2014年を振り返ってみようと思います^^;;

 

 年末最後のブログで、一応2014年のまとめを書いたのですが、まだまだ残してるブログネタがあるんです^^

 

 私は「◯◯周年」っていうのが結構好きで、昨年のブログでも何回か取り上げました。3月のブログでは、三越が、近代的なデパートを宣言してから110周年、ということを書きました。8月のブログでは、千葉県の流山で、白みりんが発売されて200周年、ということを書きました。10月のブログでは、東海道新幹線開業と東京オリンピック開催から50周年ということを書きました。そして、12月のブログでは、東京駅開業と、宝塚歌劇発足から100周年、ということを書きました(番外編では、9月のブログで書いた、東京・人形町の森乃園さんが創業100周年、というのもありました^o^)。

 

 それで、昨年の12月26日には、プロ野球の読売ジャイアンツが発足して80周年を迎えたのです。今回は、そのことについて書こうと思います。

 

 まず、ジャイアンツはどういう経緯でできたのか、ということを書きたいと思います。昭和6年(1931年)、読売新聞社の主催で、アメリカのメジャーリーグ(プロ野球)の選抜チームが来日し、各地で日本チームと対戦します。

 

 しかし、この時まだ日本にはプロ野球リーグはできていません(…プロ野球チーム自体はそれまでもありました。後述)でしたので、六大学を中心とした学生選抜チームが相手でした(当時の日本では、東京六大学がもっともレベルの高い野球リーグでした)。

 

 日本の学生チームも健闘したものの、結果は17試合やって、メジャーリーグチームが17勝0敗でした。しかし、本場の野球が間近に見られるとあって、各地の球場は連日超満員だったそうです。

 

 でも、興行的に成功しすぎたためか、文部省は「野球統制令」なるものを作って、学生がプロのチームと対戦することを禁止してしまいました。

 

 読売新聞社は、昭和9年(1934年)11月にも伝説の大打者・ベーブ・ルースを含むメジャーリーグ選抜チームを来日させますが、日本側は「野球統制令」によって学生チームを組むことはできません。

 

 そこで、読売新聞社社長の正力松太郎は、同年6月9日に、東京・丸の内の日本工業倶楽部で職業野球団設立発起人会を開催、六大学野球の選手を中心に、次々とプロ契約を結びます(この動きに文部省も統制を強め、伝説の大投手・沢村栄治は京都商業学校の中退を余儀なくされます)。

 

 そして、来日するメジャーリーグチームを迎え討つべく、10月15日に30名の選手が千葉県習志野市の谷津球場(現存せず)に集まり、チームが結成されました。結果は、日本選抜チームの15戦全敗でしたが、前回に引き続き、興行的には大成功し、12月26日、日本選抜チームを基にジャイアンツの前身となる株式会社大日本東京野球倶楽部が発足するのです。

 

 読売ジャイアンツの公式サイトによると、巨人軍の設立記念日は12月26日ということになっていますが、チームが最初に結成されたのは10月15日の谷津球場、ということになっていて、私の自宅から近いということもあり、昨年の12月26日にその跡地を訪れてみたのです。

 

👇谷津球場は、1982年に閉園し、ディズニーランドができるまで、千葉方面の東京湾岸でもっとも有名だった遊園地「谷津遊園」の中にありました(野球場自体は昭和30年代に閉鎖)。現在は、習志野市が管理する「谷津公園」となっています。「プロ野球発祥の地」の看板が見えますね!

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👇谷津公園は、京成電鉄の谷津駅から徒歩5分くらいのところにあります。なお、谷津遊園は、京成電鉄が運営していた遊園地だったのです(ちなみに、大日本東京野球倶楽部も、東京ディズニーランドを運営するオリエンタルランドも、なんと京成電鉄が筆頭株主なのです)。

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👇公園の中をしばらく歩くと、「プロ野球発祥の地」の看板が!なお、厳密に言うと、これは半分正解、半分不正解です。

というのも、確かに現存するプロ野球チームで最古なのは巨人軍で間違いなく、「プロ野球」と言えば、今の日本人のほとんどがセ・リーグとパ・リーグから構成されるNPB(日本プロ野球機構)をイメージしますので、そういう意味では「プロ野球発祥の地」で間違いないのですが、日本で初めて野球チームでプロ化を宣言したのは、大正9年(1920年)に発足した「日本運動協会」(通称・芝浦協会)です。

このチームはたんにプロ化を宣言しただけでなく、現在の東京都港区海岸3丁目、ゆりかもめ芝浦ふ頭駅近くにあった「芝浦球場」という専用球場を持ち、入場料を取って野球の試合を見せていて、形態としても完全なプロチームだったのです。

でも、この芝浦協会チームは、大正12年の関東大震災でチームを解散することになってしまいました。

なお、このチームをその後引き取ったのが、なんと、年末のブログでも紹介した、宝塚歌劇団創設者の小林一三で、兵庫県の宝塚球場に本拠地を移転させ、チーム名も「宝塚運動協会」としました。その後、このチームも解散するのですが、興行としての野球の可能性を高く評価していた一三は、のちにパ・リーグに参加する「阪急ブレーブス」というチームを創設します。

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👇チープな、もとい、新しい看板の後ろには、「読売巨人軍発祥の地」という立派な碑もありました。

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👇碑には、往年の名プレーヤーたちの手形がありました!

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👇世界のホームラン王、王貞治・元監督の手形とサインです!

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👇長嶋茂雄終身名誉監督と、現在の原辰徳監督の手形とサインは上下に並んでいました。これはファン垂涎ものでしょう。

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👇プロ野球史上初の2000本安打を達成し、監督としても9年連続日本一という偉業を成し遂げた川上哲治さんの手形とサインも!

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👇歴代(といっても初代から11代までですが)の監督のサインもありました!

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👇余計なこととわかりつつも、長嶋監督と手の大きさを比べてみました^^ 心なしか、私の手の方が大きいような…。

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 ところで、これを訪問したのは、12月26日の巨人軍創設記念日だったのですが、それを証明するものが何もありません。ここまで読んでくださった方は、そんなのどうでもいいよ、と思うかもしれませんが、なんとか証明したい、と思いました。

 

 それで、この碑のとなりの、かつて野球場があった場所は、現在は「谷津バラ園」という施設になっていて、そこの入場券を買えば、日付も入ってるんじゃね?頭いい〜、俺(≧▽≦)と一人悦に入ってたのもつかの間、谷津バラ園の入場券がショボすぎて、もとい、シンプルすぎて、日付も何も入っていませんでした^^;;;

 

 そこで、苦肉の策として、帰りの谷津駅の自動券売機で切符を買った時、領収書も出して、それを日付の証としました^^

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 さて、谷津バラ園の写真もたくさん撮ってきましたので、その様子は次回のブログで書きたいと思います。