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東京藝術大学の美術館で、花王製品の歴史に触れました!

平成26年(2014年)11月4日(火)

 前々回のブログで、東京・両国の江戸東京博物館に行ったことを書きました。それで、見終わった後、E電の中央・総武線と山手線を乗り継いで、上野駅に行きました。

 

 どうして上野駅に行ったのかと言うと、上野公園内にある、東京藝術大学・大学美術館の陳列館で開催されていた「第5回 企業のデザイン展 花王 にほんのきれいのあたりまえ展」を見に行くためです。

 

👇東京藝術大学のキャンパス内に、大学美術館がありました。

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👇門を入ると、御用の方は守衛所にお立ち寄りください、といった注意書きがありましたが、とりあえず(?)無視して、奥に進むと、案内の看板が立っていました。

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👇看板の下には、おそらく花王製品のなんかのスプレーを模したオブジェがありました!

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👇展覧会のポスターが立ってました。

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👇陳列館は、門を入って左側にありました。道の両脇にも、スプレーのオブジェがたくさん!中に電球が入っていて、光るようになっていました。

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👇歴史を感じさせる建物です。これは、1929年(昭和4年)に、岡田信一郎の設計により建てられたもので、藝大の展示室として使用されてきたそうです。

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 入場は、なんと無料でした。建物は2階建てですが、展示は1階のスペースのみでさほど広くはなかったのですが、明治時代に発売された石鹸や、戦前、戦後にかけて発売された石鹸や洗剤、シャンプーなど、花王製品が展示されていました。

 

 花王といえば、わが国を代表する日用品メーカーですので、花王製品の歴史は、日本の日用品の歴史でもあると言えます。時代が移り変わるにつれ、製品のデザインも変わっていくことがよく分かる展示でした(そういえば、昔の洗濯用洗剤って、今から考えるとびっくりするような大きさだったよな〜、なんて思いながら鑑賞しました)。

 

 それで、写真撮影は、メインの展示部分は不可でした。私は、昔のデザインを見るのが好きなので写真を撮って記録を残したいな〜、と思いましたので、ちょっと残念でした。

 

 ブログをやる以前は、展覧会で写真を撮る考えなど毛頭なかったんですが、ブログを始めるようになって、撮影不可の展覧会に行くたび「ケチだな〜」と思うようになり、そのたびに、なんと自分は利己的な人間なのか、といつも反省してしまいます。ブログをやる前は、いろんなところを写真撮影している人を見ると不快に思っていたんですがね〜。今後も、いろんなところの写真は撮りたいと思っていますが、写真不可の場所で撮らないことはもちろん、なるべく周囲の人が不快に感じないように自重していこうと思います。

 

 でも、ブログをやって気づいたんですが、撮影不可の展覧会って、たいてい展示をまとめたガイドブックが売られているんですよね〜。つまり、写真をパシャパシャ撮られては、商売上がったり、ということなんですね〜。それは納得。

 

👇受付でいただいたパンフレットにちょっとだけ製品の写真が載ってました。

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 花王の歴史は、1887年(明治20年)に、美濃国(今の岐阜県)出身の長瀬富郎という人が、東京の馬喰町で始めた洋小間物店(小間物とは、日用雑貨のこと)で、輸入した石鹸や文房具を売る「長瀬商店」というお店に始まります。

 

 その後長瀬商店では、国産の石鹸も扱うようになりますが、あまりに粗悪品が多いことに業を煮やした長瀬さんは、自ら石鹸の製造に取り組むようになります。輸入品にも負けない石鹸を作り出すため、日々研究し、1890年(明治23年)に花王石鹸を発売したのです。

 

 長瀬さんは「天祐ハ常ニ道ヲ正シテ待ツベシ」という言葉を残しています。これは、天からの恵み(=幸運)は、正直な人のところにやってくる、といった意味合いです。文具メーカー大手のコクヨの創業者である黒田善太郎も、明治時代に和帳を売るにあたって、当時の和帳は100枚と表記されていても数枚少なくして売るのが慣わしであったのを、正味100枚にして売って信用を得たそうです。

 

 生き馬の目を抜く商売の世界にあって、多少のはったりや人を出し抜くというのは必要かもしれませんが、やっぱり最終的に残るのは、真面目で正直な人なんですよね〜^o^

 

 ところで、現在の花王の本社は東京・茅場町にあります。地下鉄の茅場町駅を降りて茅場橋の方に歩いて行くと、大きな本社ビルがあります。でも、今回の展覧会でパッケージで本社所在地を確認したら(そんなところまで見る人はなかなかいないでしょうね〜^^;;)、1970年代前半の製品までは馬喰町となっていました。ですので、90年近く創業の地で本社を構えていた、ということなんですね〜(馬喰町のどの辺にあったんだろ?いつ頃茅場町に移転したのかも不明)。

 

👇入り口で、パンフレットと共に、スタンプ用紙をいただきました。これは、おなじみの花王の月のマークを押していく、というもので、会場内に、歴代のマークのハンコが置いてあって、自分で押していくのです。

ところで、スタンプを押す位置がV字のようになってますよね?私は、藝大だから、芸術性を考えてアバンギャルドな配置にしたのかな〜、なんて思ったのですが、紙を折ってみてビックリ、折った時、ハンコを押したところが重ならないように工夫されていたんです!つまり、スタンプのインクが乾かないうちに折っても大丈夫なようにデザインされていたんですね!

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 月のマークも今まで幾度か変更が加えられています。上の用紙の左上が、明治23年に最初の花王石鹸が売り出された時にパッケージに付けられていたマークで、なんと、長瀬さん自らがデザインしたものだそうです(ウマい!)。

 

 それで、右に行くにつれ新しくなっていき、一番右にあるのが、現在使われているおなじみのマークです。最初はちょっと怖い、おじいさんの月だったのが、だんだん優しい顔になって、若い女の人の顔の月になってますよね〜。

 

 それから、月のマークの変遷で決定的な変化があるのが、右向きから左向きに変わっていることです。これは1943年(昭和18年)のマークから左向きになっているんです。

 

 私はその理由を知っていたのですが、展覧会を見に来ていたカップルの方もそのことに気付かれたみたいで、なんで向き変えたんだろうね〜、なんて話し合っていました。

 

 私はけっこう雑学好きなんですが、雑学好きで困るのは、街や電車で人が話しているのを聞いていて、(あ〜、それ知ってるぅ〜)とか(いやいや、それ間違ってるよ〜)と思うことが、すごくあることなんです。

 

 たまにそういったシチュエーションで、丁寧にご教示くださるおじさんやおばさんがいますが、それはお節介な野暮というもので、(なにこのおっさん)と思われるのがオチですので、私は喉まで出かかっている「教えたい」「訂正したい」という感情をいつも押し殺しています。相当気心を知れたお友達でなければ、聞かれない限り言わない、というスタンスで、雑学のプッシュはしないように心がけています。

 

 話が逸れました。それで、なんで月が左向きになったのかというと、右向きの三日月というのは「下弦の月」と言って、満月から欠けてきた状態です。つまり、これから衰退していくことを表していて縁起が悪い、ということで、満月に向かう左向きの「上弦の月」の三日月に変えた、というわけだったんですね〜(このことは、花王の公式サイトにも記述があります)。あっ、結局雑学のプッシュをしてしまいました^^;;

 

◆おまけの6枚◆

 1階の一部の部屋と、2階は写真撮影がOKでしたので、”とれ高”を考えて撮影してきました。藝大の学生さんが作製した、今回の展覧会をテーマにした作品が展示されていました。

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👇洗濯(?)をイメージした映像作品です。

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👇2階はちょっとした休憩ルームにもなっていました。

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👇花王の製品と思われるボトル類が浮かび上がる布、でした^^;;

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👇入り口から天井に向かう、白Tシャツの渦巻きです(赤瀬川原平の芸術原論展と同様、「意味」を考える私がいました。こういうのは、意味を考えちゃダメですよね〜^^)

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