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千葉市美術館で「赤瀬川原平の芸術原論展」を見てきました!

平成26年(2014年)11月1日(土)

 こないだの日曜日(10月26日)、前衛芸術家・作家の赤瀬川原平さんが敗血症のため、77歳の生涯を閉じました。

 

 私は、赤瀬川さんの名前はもちろん知ってましたが、その活動についてはあまりよく知らず、とくに思い入れもない(私のブログは「興味ない」とか「よくわからない」とか、そんなのばっかですね^^;;;)のですが、電車に乗っていたら、車内広告で、千葉市美術館で「赤瀬川原平の芸術原論展」というのを開催していると知ったので、行って見てきました!

 

 この展覧会は、10月28日から12月23日まで開催されています。赤瀬川さんは、ここ数年は体調を崩し、病気療養中だったそうですが、奇しくも開幕の2日前にお亡くなりになり、結果的に追悼の展覧会になりました。

 

 千葉市美術館は、JR千葉駅の東口から歩いて15分くらいのところにありました。中央区役所と同じビルの中に入っています。

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 美術館がある場所は、もともとは、明治時代に創立した川崎銀行の千葉支店があった場所です。戦前の銀行建築に多く見られる、ネオ・ルネッサンス様式の建物で、建築家・矢部又吉(1888-1941)の設計により、1927(昭和2年)年に建てられたものでした。

 

 川崎銀行はその後三菱銀行に吸収され、1971年まで三菱銀行千葉支店として使用され、その後千葉市が取得し、中央地区市民センターとして、1990年まで使用されました。

 

 そして、千葉市が政令指定都市に移行するのに伴い、新しい中央区役所が建てられることになったのですが、古い建物を取り壊すのではなく、曳家(ひきや)方式で敷地の内側に少し移動させ、古い建物を覆うような形で、新しい建物を建てるという「鞘堂(さやどう)方式」で建てられました。

 

?古い建物を覆う形で新しい建物が建てられています。

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?旧銀行の正面入り口です。重厚な感じがいいですね〜!

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?入り口の上には、川崎銀行のマークもありました。

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?古い建物の内部は「さや堂ホール」と名付けられ、コンサートなどができるようになっています。普段は自由に入ることができます。

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?重厚なドアです。

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?円柱と、上部に渦巻き状の装飾が施されたイオニア式のオーダー(柱の並び)で、本格的なネオ・ルネッサンス様式の建物だそうです。柱の下部には大理石が使われ、床はドイツ製のモザイクタイルが使われているそうです。

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 戦前、日本各地に建てられた銀行建築も多くが取り壊されていて残念ですが、こうした方式で保存していくのも、一つの手だな〜、と思いました(建物の外観の全景が見られないのは少し残念ですが…)。

 

 さて、今回のメインの展覧会ですが、当然のことながら写真撮影不可でした。前回のブログでも書いたように、写真がないとブログを書くのはなかなか難しいのですが、いつも「苦手だ、無理だ、できない」と逃げていては成長がないと思い、なんとか頑張って、自分なりの感想を書いてみようと思います。

 

 赤瀬川さんは、1981年に尾辻克彦の名義で書いた短編小説『父が消えた』で芥川賞を受賞、その後『老人力』などのベストセラーもあって、作家としてもお馴染みですが、もともとは前衛芸術家としてその名が知られていました。

 

 展覧会では、1960年代に制作され、読売アンデパンダンにも出展した、ゴムチューブを使ったオブジェである「ヴァギナのシーツ」や、ソファや扇風機を包装紙で梱包した「不在の部屋」といった作品が展示されていました。

 

 はっきり言って、よく理解できない作品ばかりだったのですが、鑑賞しながら、自分自身の思考をよく観察すると、(自分は、ホントに常識的な考え方しかできない、面白みに欠けた人間だな〜)と感じました。

 

 というのも、作品を鑑賞していて、心の中で(これ何の意味があるの?)と常に思ってしまっていたのでした。私はどちらかというと、これまで周りの人から「変わっている」と言われることも多く、自分でもちょっと人と違っているな〜、と思うことも多く、それが自分の個性だと思って誇らしくもあったのですが、赤瀬川さんの作品を前にして、自分がいかに常識的な思考しかできない、普通の人間であるか、ということを思い知らされたのです。

 

 赤瀬川さんは、ナンセンスという、”無意味の意味”といったものを表現しているのですが、私はそのことが理解し難く、とにかく「この意味は何だろう?」と、「意味があるのかどうか」を問い続けてしまっていたのでした。

 

 そのことを理解しつつも、やっぱり前衛芸術や現代アートは理解できないことが多いのですが、しかし、「理解できない」イコール「存在を認めない」という思考パターンにだけは陥らないようにしよう、と思っています。

 

 人間はどうしても、自分が理解できないものを排除しようとする心理が働きます。そうして、理解できないもの同士でいがみ合い、争いごとが起き、結果として社会が疲弊し、衰退していきます。

 

 社会の厚みを増していくためには、たとえ自分が理解できないものでもまず受け入れることが大切だと思います。その上での批判やすり合わせならば、あっていいと思うのです。

 

 ナンセンス芸術が多く存在している社会というのは、相当厚みのある社会だと思います。そういう社会では、人々が主体的に活動し、経済活動も活発になると思います。

 

 現代の日本は、かなり成熟した社会になって、みんな道徳的だし、高度に組織化されていて、効率化されています。それゆえ、私のように「意味があるかどうか」を基準に考えることが多くなって、ナンセンスなものが存在しづらい世の中になっているのかな、と思います。

 

 ここ20年間の経済の低迷で、無意味なこと、無駄なことが存在しづらい国になっているという面もあるかもしれませんが、逆説的に言うと、そういうものが存在しづらい社会だから、経済が停滞しているのかもしれません。

 

 たとえバカバカしいと思われることでも、みんなが思い思いに好きなことをやって、一方でそれらを受け入れる雰囲気がある、そういう社会になれば、日本も再び活気のある国になれるのかな〜、と感じました。

 

 それと、今回の展覧会を見て、赤瀬川さんの凄いところだと感じたのは、世間の人がどんなにくだらない、ばかばかしい、と思ったことでも、発想したことを実際に具現化して、形に残しているところ、そして、よく考えて、真剣に、本格的に行っているところ、そして、継続して長く続けられているところだと思います。

 

 赤瀬川さんに限らず、芸術家や実業家を尊敬してしまうのは、自分の発想を具体的に形にしている、ということです。

 

  私も、こんなことがあったらいいな、こんなことをやったら面白いな、という発想はたくさん思い浮かぶのですが、「まあ、やっても成功しないだろうな」「めんどくさいな」「人にどう思われるだろうか」ということにとらわれて、具現化するところまではいきません。

 

 それと、赤瀬川さんがやってきたことは、現代で言えば、若者がツイッターで馬鹿な投稿をしていることと、さほど変わらない気がしましたが、決定的に違うのは、よく考えて、真剣に本格的にやっている、ということです。

 

 ラーメン屋で全裸で食べたり、コンビニの冷蔵庫に入ったりして写真を撮るのも、見方によっては前衛芸術と言えます。

 

 でも、ツイッターの馬鹿投稿は、ほとんど思いつきと勢いでやられたもので、よく考えられていません。それに、投稿する人は普段は真面目なサラリーマンやアルバイトの人が多く、問題が発覚すると、シュンとなって反省の弁を述べたりします。その程度の覚悟なら、初めからやらないほうがいいと思います。

 

 赤瀬川さんは、千円札の片面を色を変えて印刷し展覧会で配布する、というパフォーマンスをやって、1965年に通貨及証券模造取締法により起訴され、懲役3年、執行猶予1年、原版の没収という有罪判決を受けています。

 

 その後、国家権力への”報復”として「0円札」なるものを制作、300円で”交換”し、全通貨の回収をはかる、というパフォーマンスをしています(それらの作品や裁判資料も今回展示されています)。

 

 いまならネット上で「調子にのるな」とか言って、大炎上になる事例だと思いますが、それだけ真剣に、本格的に創作活動をしていたからこその行動だと思うんです。

 

 そして、赤瀬川さんは、60年代には、銀座の街などを掃除して回る「首都圏清掃整理促進運動」といった活動をしたり、70年代には『朝日ジャーナル』や漫画雑誌『ガロ』の誌上に『櫻画報』といったパロディー漫画を掲載したり、80年代になると街中で発見した無用の長物を「超芸術トマソン」(※)と名付け、「路上観察学会」という団体を結成し、作家活動の傍ら、路上の面白いものの写真を撮ったり、模型を作ったりする、という活動も続けていました。

 

 こうした活動には、多くの批判や冷ややかな声もあったと思いますが、それらも意に介さず、生涯を通して続けてきた、ということに価値があると思います。多くの人は、思いつきで始めたとしても、途中でバカバカしくなってやめてしまうことが多いと思います。

 

 と、今回の展覧会を見て、すっかり赤瀬川さんのファンになってしまいました(お亡くなりになってから遅いよ〜、と言われてしまいそうすが…)。

 

 今回初公開の漫画の原画や、マッチ箱や中古カメラの収集も行っていて、その展示もありました。入場料1000円では安い!と思えるほど、充実した展示でした!

 

(※)1981年にプロ野球の読売ジャイアンツに入団したゲーリー・トマソン選手に由来。現役大リーガーとして多額の契約金で鳴り物入りで入団したものの全く打てず、当時のシーズン最多三振記録を更新。

 

?チケット売り場でパンフレットをいただきました。なかなかオシャレなデザインですね!

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