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グリコの看板が綾瀬はるかさんになってました!

平成26年(2014年)10月14日(火)

(前回の続き)

 大阪市営地下鉄・日本橋(にっぽんばし)駅に着いた私は、道頓堀通の堺筋〜御堂筋間を歩きました。

 

 道頓堀通は、道頓堀川の南岸に東西に広がる通りで、個性的な飲食店などが建ち並ぶ繁華街になっています。歩行者天国になっていて、私が行った時も、大勢の人がいました。修学旅行らしき制服姿の学生さんや、外国人観光客の方もたくさんいました。

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 ただ、私はあまり予備知識がないので、とりあえず、見た物の写真を撮りましたので、今回はそれらの写真を載せたいと思います。

 

👇昭和大衆ホルモン道頓堀店です。こちらのお店はチェーン店で、大阪市内に数店舗あるようです。昭和30年代のレトロ感ある店内が特徴のお店です。

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👇牛の看板もありました!

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👇お店の前には、顔出し看板もありました。お父さんは中井貴一さん?でも、なんで、女の子だけ顔くりぬかれてるんですかね〜??しかも、くりぬきが甘いので、女の子の目が少し見えてしまっていました。ちなみに、後ろの大阪城と通天閣からも顔が出せるようになっていました。ちょっと謎のクオリティです^^

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👇怖そうな店主の大きな看板は、元祖串カツだるま道頓堀店です!串カツも、ホルモン焼きとならぶ大阪のソウルフードですよね〜。

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👇てっちり・ふぐ料理のづぼらや道頓堀店の提灯の看板です(新世界本店の看板の方が有名ですね)。大正9年創業の老舗のお店です。

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👇おなじみの大阪名物くいだおれもありました。ただ、飲食店自体は2008年に営業を終了、その時は全国ニュースにもなりましたね。今は、ここでは、お土産だけ売っているようでした。

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👇ちょっと離れた場所に、中座くいだおれビルという複合ビル(くいだおれを経営していた会社が所有しているようです)がありました。江戸時代から続いていた道頓堀五座と呼ばれた5つの劇場のひとつ、中座の跡地に建ったビルです。ここに、くいだおれ人形(くいだおれ太郎)がいました!くいだおれ太郎の人形焼きも売ってますね〜。人形焼きって、東京発祥のような気もしますが…。

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👇かに道楽の本店の看板です。全国チェーンのお店で、東京や千葉、かつては新潟にもあって、どこもこのかにの看板があって見慣れているため、正直インパクトは薄かったです。

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👇道頓堀通にはいくつか支店があって、その中のひとつには、小さなかにの看板もありました。かにみそバーニャカウダって、美味しそ〜^o^

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👇明治カールの看板もありました(明治って、東京資本の会社のイメージですが…)。おなじみの動物たちが、大阪城や通天閣をバックに、お好み焼きとかたこ焼きとかを食べてました。大阪に旅行に来たんですね〜。

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👇スターバックスコーヒーやFOREVER21といったお店もありました。オシャレな外観のお店の並びに、がんこ寿司やくいだおれなどのお店があって、すばらしいと思いました!以前NHKの「ブラタモリ」という番組でタモリさんが、雑多なものが共存しているのが都市の力、みたいなことをおっしゃっていて共感したんですが、まさにそのことを象徴しているような光景でした^o^

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👇FOREVER21の脇に、竹本座跡の石柱が立っていました。浄瑠璃太夫(語り)の竹本義太夫が1684年にここで興行を始め、その劇場が「竹本座」と呼ばれたんだそうです。

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👇御堂筋に出るちょっと手前に歴史を感じさせる建物がありました。これは、大正12年に完成した大阪で初めての洋式劇場である「大阪松竹座」です。大林組の建築技師・木村得三郎によって設計された、ネオ・ルネッサンス様式の建物です。

当日は休館日だったためひっそりとしていて、前の道も人通りがまばらでした。

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👇ついに有名な戎橋まできました!真ん中が円形広場のようになっていたんですね〜。車も十分通れるような、これだけ立派な橋で歩行者天国になっているのって、東京にありますかね〜?私は街をお散歩するのが好きで、歩行者天国って大好きなんですが、これは橋の贅沢な使い方だな〜、って思っちゃいました。

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👇そして、反対側を見上げると、ついに出ました!グリコの看板です!!あれっ!?でもなんかランナーの顔が違いますね〜。

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 江崎グリコの公式サイトによると、初代のグリコのネオンサインは昭和10年にお目見えし、33メートルの高さでランナーマークとグリコの文字が6色に光り、毎分19回点滅する花模様で飾られた物だったそうで、当時としては型破りな看板だったそうです。

 

 それ以来、大阪の名物となった看板はたびたび改装され、5代目グリコの看板は今年の8月17日をもって最終点灯となり、6代目の看板の改装工事が終わるまで、なんと工事用シートには、女優の綾瀬はるかさんのランナーがプリントされて登場したのです!

 

 この工事もまもなく終了するということで、綾瀬さんバージョンのランナーは数ヶ月のお披露目になってしまうんですが、今回を機に見に行ったのです。

 

👇道頓堀川のリバーサイドに降りて、正面からパチり!可愛らしいランナーですね〜^o^ちなみに、先週の水曜日からは、間もなく工事終了をお知らせする赤色バージョンになったそうです。なかなか凝ったことをしますね〜^^

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👇御堂筋にかかる道頓堀橋からもパチり!たいていテレビや写真で見るのは戎橋上からの映像なので、この角度から見るのは新鮮でした!

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👇道頓堀川に、遊覧観光船が通りましたので、パチり^o^

道頓堀川は、戦国時代に安井道頓という商人が、私財を投じて(!)開削を始めた水路なんです。道頓さんは大坂夏の陣で完成を見ずに討死にしてしまうのですが、その遺志を受け継いだ家族などが完成させた人工の川なのです。

今は、とんぼりリバーウォークとして川岸も遊歩道として整備されています。やっぱり、都市には公園とともにこうした水路(水辺)が必須ですネ!

東京も昔はクリーク(水路)がたくさんあったのですが、高度成長期に埋め立てられたり暗渠(あんきょ=川や堀などの水路の上にふたをしたり地下化したりすること) になったりしてしまいました。人工開削という意味では、日本橋川が道頓堀川と雰囲気が似てますが、首都高速道路がやっぱり邪魔してますよね〜。首都高の高架がなければ、日本橋川もこんな感じになりますよね。首都高を地下化する案も出てますが、莫大な費用がかかるそうです。観光資源としての収入と見合うかどうか…。

ついでにいうと、私の出身地の新潟市も昭和30年代までは市街地の縦横に堀があって、その脇に柳が生えていて、そこに芸者さんが通ったりして、「柳都(りゅうと)」という異名もあったくらい、風情のあるいい都市だったそうですが、やはり高度成長期に堀は全て埋め立てられ、道路になりました。それ以降、移動・物流手段は船から自動車になり効率はアップしたと思うんですが、街自体は”リトル東京”ともいうべき、没個性な街になってしまったと思います。一部では、新潟に堀を復活させようという動きもあるそうなんですが、今となっては無理でしょうね〜。

でも、当時の新潟市民は堀が埋め立てられて喜んだ人が大勢いたそうです。というのも、生活排水は垂れ流され、ゴミをポイ捨てする人も多く、悪臭が漂っているようなドブのような堀だったそうなんです。道頓堀川も水質はかなり劣悪だそうですが、水質改善の取り組みもされているそうですので、ぜひきれいな川を復活させて、大阪市民の財産として100年後も1000年後も残していってほしいと思います^o^

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👇いつものように、おまけの一枚。中座くいだおれビルの1階に、「ぐりこや」という江崎グリコが運営するアンテナショップがあったのですが、そこにミニグリコの看板がありました^^

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