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流鉄の流山駅は、なつかしい感じの駅でした^o^

平成26年(2014年)8月19日(火)

 首都圏に住んでいる方でも、JR常磐線ユーザーでなければ、「流鉄(りゅうてつ)」と聞いても、「なにそれ?」って感じになるでしょうね〜。それほど、マイナーな私鉄が千葉県の松戸市と流山市の間を走っています。

 

 流鉄は、JR常磐線の馬橋駅(松戸市)と流山市の中心部にある流山駅との間のわずか5.7kmを走る、小さな鉄道です。

 

 前回のブログでも書いたように、流山は江戸時代より醸造業が盛んで発展していたのですが、明治29年(1898年)に開業した、常磐線の前身である日本鉄道土浦線の線路は流山市街地を通らず、だいぶ南の方に敷設されました。

 

 それで、流山の人は、常磐線の駅まで1時間以上も歩いて利用していたそうなんですが、それでは不便だということになり、町民116名が出資し、大正5年(1916年)に流山軽便鉄道という鉄道を、馬橋駅と流山駅の間に敷設したのが、今の流鉄の始まりなんです。

 

 今ですと、郊外の団地などでは、住民が自家用車を出し合って乗り合いで近くの駅などに行くカーシェアリングというシステムを実施しているところがありますが、その感覚で住民がお金を出し合って鉄道を通してしまったというのが、流鉄の起こりなんです。明治(大正)時代の人はすごいですよね!

 

 開業当初は、名産のみりんを運ぶ貨物列車も走っていたそうですが、1970年代になると、流山市のベッドタウン化が進み、都心への通勤・通学客で利用者が増大。それで、その後いろいろな問題を引き起こすことになる平和相互銀行に買収されて傘下になり、ゴルフ場開発会社の総武都市開発(2007年に倒産)が大株主になって、総武流山電鉄という社名になりました。

 

 その後、総武都市開発の経営破綻にともなって、2008年8月に「流鉄株式会社」と、略称をそのまま社名に改名して、現在に至っています。

 

 流鉄では、現在は、地方の鉄道会社にありがちなバス・タクシーの運行も行っておらず、不動産業もほとんどしていないみたいで、わずか5.7kmの鉄道事業をほぼ専業で行っているようです。全国の私鉄のほとんどが加盟する業界団体、日本民営鉄道協会にも加盟せず、公式サイトも、なんと昨年ようやく開設された、という、謎の多い鉄道なのです。

 

 それで、少子化の影響もあって、20世紀終わり頃から利用客が減少、さらに追い討ちをかけるように、2005年には、近くにつくばエクスプレス線が開業し、流山市内と都心が直接つながったことで利用者がさらに激減、経営状態もなかなか苦しいようです。

 

 そのためか、Suica、PASMOは導入しておらず、車両もかつて西武鉄道で走っていた電車の払い下げを使用していて、駅なども素朴でハンドメイド感あふれる鉄道でした。

 

?終点の流山駅です。

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?経費削減のため、2010年より終日ワンマン運転を実施。

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?車掌さんがいないので、ドアの開け閉めも運転手さんが行います。そのために、運転席からホームの様子が見えるように、バックミラーが設置されていました。

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?時刻表や運賃表も手書きでした。

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?自動改札は導入されていませんので、電車が到着すると駅員さんが出てきて、切符を回収するのです。

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?首都圏ではほとんど見られなくなった、改札口に駅員さんがいる光景です。なつかし〜。(JR武蔵野線・新松戸駅との乗り換え駅となる幸谷駅で撮影したものです)

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?流山駅のホームの様子です。昭和のまま時間が止まっている、という感じですネ!東京からそんなに離れていないんですがね〜^^

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?流山駅前に、手作り感たっぷりの看板がありました。「放置しますと片付けます」とは、ずいぶん優しい感じです。あと、おそらく「総武流山電鉄」と書いてあったのを、「総武」「山電」の部分を白ペンキで塗りつぶして「流鉄」に直した感がありありでした。

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?幸谷駅の前にも同様の看板が…。でも、こちらは「処理させていただきます」と、ちょっとトーンが上がりましたね〜。ただ、「総武」「山電」が消しきれてなかったのは残念感がありました。

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 さて、私は、以前も書いたように鉄道好きなんですが、終着駅というのが、特に好きなんです。都心の私鉄や地下鉄のように、単なる終点で、そこから別の線に乗り換えが出来る、というのではなく、他に乗り換えられる鉄道もなく、地図で見ると、その駅がポツンとあるような終着駅が好きなんです。

 

 線路というのは、どこまでもどこまでも続いて行くのが普通ですよね〜。でも、終着駅では線路が終わっていて、その先には線路が全くない、という状態です。それが、物悲しいような、寂しいような感じと、ここまで鉄道が通っているんだ、という安心感が感じられて、なんか好きなんですね〜。

 

 それで、今回行った流山駅がまさにその状態(流山駅からつくばエクスプレス線の最寄り駅までは徒歩30分くらいかかる)で、写真を撮ってきましたので、載せたいと思います。今後、もし意欲があったら、各地の終着駅に行って、写真に撮って、ブログに載せたいと思っています^^

 

?駅舎(左の赤い屋根の建物)の前に2番線があって、そこに電車が1両休んでいました。右側の1番線の奥は検査場になっていて、その先は線路はなく道路になっています。

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?2番線の車止めです。

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?2番線に待機する電車。駅舎の中から撮りました!

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?検査場の先も行き止まりです。

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?塀の反対側からも撮りました。

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?2番線のさらに左脇にも、中途半端な線路がありました。ネットなどの情報によると、かつて、前回のブログで書いた万上みりんの工場に向かってここから線路が延びていて、そこからみりんを載せて運んでいたそうですので、その線路の跡かもしれませんね〜。

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