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弁護士は、あくまで被告人を弁護するのが職責です

平成26年(2014年)5月27日(火)

 2012年に発生したパソコン遠隔操作事件は、4人もの誤認逮捕者を出すなど大事件に発展し、先日、被告人の男が公判途中で自分が犯人であると自白し、あっけない幕切れとなりました。

 

 事件は、マルウェアと呼ばれる不正ソフトを使って他人のパソコンから送信したように見せかけた犯人が、無差別大量殺人などの予告をインターネットの掲示板に書き込んだ、というものでした。

 

 これだけなら、よくあるネット殺害予告事件ですが、なんとなんと、捜査当局は犯人の工作にまんまとひっかかり、4人もの全く無関係な人を逮捕してしまったのです。

 

 結局、4人が勾留されている間に、真犯人と名乗る人物から、真犯人しか知り得ない情報が書かれたメールが報道機関などに届き、4人とも無罪であることが証明されたのです。その後、2013年2月に、犯行当時30歳の男が”真犯人”として逮捕され、起訴されました。

 

 ところが、その男も公判中一貫して「自分に不正プログラムを作れる能力はない」と関与を否認、ついに今年3月、東京地検は処分保留として男を釈放したのです。

 

 私は、警察はさすがに誤認逮捕で世間に失態をさらした後だったので、威信をかけて慎重に捜査するだろうから、今度こそこの男が真犯人なんだろうな、と最初思いました。しかし、この男が堂々と自らの潔白を主張し、また、見た目の雰囲気からウソをつくような人にも見えず、さらに、地検が保釈を認めたということで、てっきり、この男も冤罪だったのか、と思ってしまいました。頭の中で「5人目の誤認逮捕」という駄洒落まで考えだしていたのです。

 

 ところが、今月この男は墓穴を掘ります。公判中に、真犯人しか知り得ない情報が書かれたメールが報道機関に届いたのです。メールは、公判中でこの男がメールを送ることができない時間帯に送られたものでした。そうです、自分が4人の誤認逮捕者を救ったのと同じ方法で、自分自身の無実を証明しようとしたのです。

 

 しかし、このメールは、この男がタイマーを使って携帯電話から送信していたものでした。しかも、その携帯電話を河川敷の土手に埋めて証拠隠滅をはかったのですが、それを尾行していた捜査員に発見されます。観念した男はその後、弁護士と連絡を絶ち、その間、高尾山に行って自殺を図ろうとしたようなんですが死に切れず、結局弁護士事務所に連絡し、すべて自分の犯行であることを自白したのです。

 

 報道によると、この男は、中学時代にひどいいじめにあっていて、また人付き合いが苦手で友達ができず、社会に対して鬱屈した感情を持っていたようです。まあ、そういう生い立ちは気の毒だと思うし、私も人付き合いが得意でないので、そういう感情になってしまうのも、分からなくはないです。

 

 たとえ人付き合いが苦手でも、自己顕示欲というのは人並みにあります。しかし、人付き合いが苦手なゆえ、その欲求をうまく発揮できないケースが多いと思います。それで、社会を見返してやりたい、社会に自分の存在を知らしめたい、という心理がわき上がってしまうのは、とても良く理解できます。

 

 もしかしたら、この男も、そういった感情が抑えきれなかったのかもしれませんが、それを犯罪という形でしか表現できないのが、とても残念に思います。

 

 この男はもう30歳を超えてます。今まで生きてきて、自分の生い立ちや、自分の性格、また、自分が置かれている社会的な環境というのは自分自身ではいかんとも変えがたい、ということはそろそろ分かってきたと思います。そういうことを受け入れた上で、主体的に生きるというか、社会人として自分の行動に責任を持って人生を送る、ということだけはしてほしかったなあ、と思いました。

 

 この男は、自分自身のことを「私はサイコパス(反社会性人格障害)」と言ったそうです。それに対し、テレビのコメンテーターの方で、本当のサイコパスの人間は、自分のことをサイコパスとなんか言わない、と指摘している方もいらっしゃいました。

 

 まあ、自分をサイコパスだと分かりながら悪事を働いてしまう人のことをサイコパスと言うんでしょうけど、たしかに端的に表現できる「サイコパス」という心理分析の用語を使って自分の心理を分析しちゃうというのは、かなり理性的に判断できる人なのかな、と思わざるを得ません。

 

 それに、大きなポイントとして、この男は、実被害(殺人や傷害、窃盗や詐欺など)が出るような犯罪を犯していません。実は、この男、23歳の時にも掲示板に大手レコード会社の社員に対する殺害予告を書き込み、実刑判決を受けて服役しているのですが、それでも更生することなく、今回の一連の事件を起こしました。

 

 今回の一連の事件でもこの男は、皇族に対する殺害予告や、飛行機の爆破予告、人気子役に対する殺害予告や、幼稚園や小学校への襲撃予告、さらには警察当局を馬鹿にしたような書き込みなど、ネット上ではやりたい放題。でも、実際にそのような犯罪を起こそうと行動したことはないようです。

 

 つまり、匿名のネット上では傍若無人に振る舞えるが、実際にやる度胸はないというか、最終的には理性的な判断が働いて、実際の犯行をとどめていたのかな、と思います。私が思い描くようなサイコパスの人間像とはかなりかけ離れたものがあります。

 

 いずれにしても、30過ぎてもなお、こんなことやってる人が、今後の人生で真の更生なんてできるのかなあ、と個人的には疑問に思っているんですが、でも、彼の人生はまだ50年も残されているのですから、しっかり罪を償い、その後は改心して社会貢献してほしいと思いました。

 

 さて、長くなりましたが、最後にひとつ。今回の事件で、男の主任弁護人をつとめた佐藤博史弁護士も、まんまと男にだまされていたようです。自殺することなく、男が弁護士事務所に連絡してきた時の状況を涙を浮かべて話していましたが、なんとも人の良さそうな方でした。

 

 ツイッターなど、ネット上での意見で、男に一杯食わされた佐藤弁護士に対して揶揄するものや、真犯人なのに終始無罪を主張してきた弁護団も同罪だと、弁護団を批判するような意見を結構見ました。

 

 でもちょっと待ってほしいです。弁護士の仕事は、あくまで被告人を弁護することであって、被告人が無罪か有罪かを判断することではないと思うのです。

 

 どう考えても許しがたい凶悪犯の弁護人に対して世間の批判が集まることがあります。私も、弁護団が荒唐無稽な理屈で被告人の無罪や減刑を主張する裁判のニュースを見ると、腹立たしくなることもあります。

 

 でも、国家権力(捜査当局)はもちろん、マスコミも、世論も、近所の人も、場合によっては身内までもが白い目を向ける中で、弁護士まで被告人に疑いの目を向けるようになってしまったら、被告人は何を頼りにすればいいのでしょうか?

 

 しかも、我々のような一般庶民が突然逮捕され、法律の知識も何もないまま、捜査当局と対峙しなければならないことは、起きうるのです。まさにサイコパスのような、人格破綻しているような人なら、そんな状況でも無罪をとことんまで主張できるでしょうが、普通の人なら、やってもないのに、ちょっと高圧的に言われたら「自分がやりました」って言いかねませんよね?

 

 事実、今回の事件で誤認逮捕された4人のうち、なんと2人は自分がやったと自白してしまっているのです。1994年に長野県で発生したオウム真理教によるサリン事件では、当初、全く無実の会社員の方が逮捕され、メディアも警察発表を信じ、この会社員を犯人と決めつけ、プライバシーを明かし、連日取り囲んで取材する、といった大失態を我が国の社会は経験しています。

 

 犯人だと疑われている人が最後の拠り所にできるのは、弁護士しかいないのではないでしょうか。以前、テレビの情報バラエティ番組で、タレントの方が、パネリストとして参加していた弁護士の方に、弁護士というのは、被告人が明らかに犯行をしていると分かった場合でも無実を主張し弁護するのか、と質問して、弁護士の方もちょっと言葉に詰まりながらも、被告人の無実を信じて最後まで弁護する、と言ってました。

 

 その時は私は、弁護士というのは平気で嘘をつけるような、それこそサイコパスのような人間しかなれない仕事だな、と思ったのですが、今考えると、それは、弁護士の社会的な意義を理解しない考えだったな、と思います。

 

 犯罪を犯した人を憎み、罪を償うよう求めるのは、一般的な市民感情として当然です。でも、犯人を弁護をする弁護士までも共犯者のごとく批判するというのは、文明国家日本に暮らす者としては、やってはいけないのではないかと思います。犯人に最終的な刑罰を決定するのはあくまでも裁判官や裁判員なのですから。

 

 佐藤弁護士は、今回は結果的には真犯人の無実を主張するという失態を世間にさらしてしまいましたが、男と連絡が取れなくなったとき、テレビに向かって男にこう呼びかけました。「何も心配することはないですから、安心して出てきてください」と。弱い立場の被告人にとって、これほど心強い言葉はないと思いました。