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川崎大師で、10年ごとに授与される「赤札」をいただきました!

平成26年(2014年)5月6日(火)

 先日たまたま駅のポスターで、神奈川県川崎市の川崎大師で、10年に一度の大開帳奉修というのをやっていて、「赤札」と言う、とても御利益のあるお札をいただけるというのを見て、それなら行ってブログに書いてみよう、と思い、昨日5日、行ってきました。

 

👇JR東海道線、京浜東北線、南武線の川崎駅の改札を出ると、待ち合わせ場所の時計があるのですが、そこにも大開帳奉修の看板がありました!

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👇JR川崎駅から京急(京浜急行電鉄)大師線という電車に乗り換えます。京急川崎駅はJRの駅に隣接しておらず、東口から徒歩5分くらいのところにあります。

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👇京急川崎駅から5分で、川崎大師駅に着きました!こじんまりした駅です。

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 駅から10分くらい表参道を歩くと、仲見世通りがあり、さらに5分くらいで川崎大師(正式には平間寺(へいけんじ)という真言宗智山派のお寺です)の大本堂に着きました!

 

👇大本堂の前に、大きな供養塔が建っていました。この塔にお手綱という白いひもが結びつけられていて、それが大本堂内の御本尊(弘法大師)につながっているのです。つまり、御本尊に触れなくても、そのひもに触れば御利益が得られるという、弘法大師と心の会話ができる糸電話のようなものなのです。

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👇供養塔の前にプチ行列ができていて、善男善女の皆さんが、塔を撫でたりひもを触ったりして、弘法大師の御利益をいただこうとしていました。行列ができていると言っても、1人当たりの所要時間は短いですので、1〜2分で供養塔に触れることができました。

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 それで、「赤札」というのはどこでいただけるのかな〜、と思って、大本堂での参拝を終えて左の方に行くと、なんとビックリ、「赤札」を受けるために待機する大量の方の集団が!これはうかつでした。

 

👇「赤札」を受けるために、大本堂前の広場に待機する善男善女の皆さん。メーデーの集会じゃないですよ。

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 昨年の年末に、東京・早稲田の穴八幡宮という神社に、冬至から節分までの間しか授けられないという「一陽来復」というお札を受けに行ったとき、行列もなくすんなりいただけたので、今回もその感覚で高をくくって、お昼過ぎにゆっくり行ったのです(キトラ古墳壁画の教訓が全く生かされていませんね〜^^;)。

 

 でも、考えてみると、穴八幡宮に行ったのは平日でしたし、授与される期間も1ヶ月半あり、毎年授与されています。今回は、ゴールデンウィークの真っ只中、しかも10年に一度、授与される期間も1か月となれば、大勢の方が行きますよね〜。

 

 それでも、昨日の関東地方は、早朝にちょっと大きめの地震があり、天気予報は午後から雨、それに、ゴールデンウィークにお寺になんか行く人はそんなにいないだろう、という勝手な思い込みで余裕をかましていたのが失敗でした。

 

 とりあえず列に並ぼうとしたのですが、行列につきものの「最後尾」看板を持っている人が見当たりません。それで辺りを見渡すと、変な位置に「最後尾」看板を持つ警備員の方がいました。

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 なんだろう、と思って、看板の矢印の方に行くと、さらにビックリ!そこにも大量の行列が!つまり、大本堂前の広場に入りきらず、その後方にも行列が続いていたのです!

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 それで、とりあえず列に並んだのが14:25。でも、列が全然動きません。聞くところによると、いつ授与されるのかは、なんと決まっていないとのこと。確かに川崎大師の公式WEBサイトにも、一人一人手渡しする、とだけ書いてあって、具体的な授与の方法は明記されていません。

 

 もっと気軽にいただけると思ってきたので、面食らいました。結局、列が動かぬまま1時間20分…。当てもないまま行列を待つのも、なかなかつらいものがありました。途中雨も降ってきて、列に並んでいた何人かの方はドロップアウトしてました。

 

 15:45、ようやく大本堂前の広場まで来ました。そこからさらに45分待ちます。16:30、列が動き出し、それからはすいすい列は進んで行きました。大本堂に入る際は靴を脱ぎ、あらかじめ配られていたビニル袋に靴を入れ、中に入って御本尊様にお参りした後、廊下を進むように指示があります。肝心の「赤札」はいついただけるのかな〜、と思っていると、外に出る間際の玄関ホールのようなところで、貫首様(一番偉いお坊さん)より手渡しでいただきました。

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 この「赤札」ですが、10年に一度の大開帳奉修の期間に限り授与され、弘法大師の直筆と言われる「南無阿弥陀仏」の赤い文字をお札一枚一枚に手刷りするのだそうです。このお札を受ければ、「無量の功徳」(すごい!)を受けることができ、そればかりか、ピンチに陥った時、不思議なパワーが出て救ってくれるという、ものすごいお札なのです。

 

 ただ、お札自体はペラペラの紙なので、ケースを買って、それに入れた方がいいと思います。ケースは、境内の出店や、仲見世通りのお土産物屋さんで売っています。

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 さすがに2時間の立ちっぱなしには閉口したものの、10年に一度のありがたいお札をなんとか受けることができて、私にも少しでも何かの御利益があるかなー、なんて、ちょっと期待しています。

 

 ところで、「赤札」はいくらなのか、気になりますが、基本的にタダです。でも、その前に参拝する人がほとんどで、そこでお賽銭(お布施)をしますし、「赤札」を受けるところで箱が置いてあって、任意でお布施をすることも可能ですので、あとは個々人の判断ですね。私はというと…御朱印の相場にならって300円を置いてきました。1000円札も結構置いてありましたよ。

 

 御開帳奉修は、5月31日(土)までです!お近くにお住まいで、興味のある方は行かれてみてはいかがでしょうか?

 

 さて、ここからは、私の個人的な意見というか、勝手な解釈なので、読み流していただいて結構です。

 

 「赤札」を受けた後、何となく供養塔のところに戻ってみたんです。そしたら、ちょっと興ざめする光景を見てしまいました。

 

 17時近くでしたが、まだ何人かの方が塔に触っていました。それで、さっきはいなかった、「川崎大師」と書かれた法被(はっぴ)を着た年配の男性がいらっしゃいました。たぶん、奉仕協力会かなんかの方で、参拝客の誘導とかいろいろな雑務をやる方だと思います。

 

 それで、その男性が、供養塔でのお参りの仕方について、”自分がルールブック”とばかり、レクチャーしていたのです。

 

 もちろん、何も知らない参拝客にお参りの仕方を教えていただけるのは、とてもありがたいことです。でも、その男性のレクチャーは、私から見ると、ちょっと首をかしげたくなるものでした。

 

 まず、供養塔を撫でていた男性に「そんなことしても意味ないよ」と言って止めさせ、お手綱のひもを持って供養塔に向かって拝んでいた年配の女性には、「向きが違うよ、どっち向いてるんだよ、あっちだよ」と大本堂の方に向けてお参りさせていました。

 

 おそらく、長年、川崎大師の仕事に関わってこられた方だと思うので、正しいお参りの仕方なのかもしれませんが、私個人は「それホント〜?」って思ってしまいましたね〜。だって、御本尊には、ちゃんと大本堂のところでお布施をして手を合わせるのが普通でしょ?そんな離れた供養塔のところで、ひもを持ちながら御本尊に向かってお参りするなんて、すごい変な感じがしました。

 

 もちろん、川崎大師の公式WEBサイトにも、出口のところでいただいたパンフレットにも、そんなことは明記されていません。数年前、長野の善光寺の御開帳に行ったときも同じような回向柱が立っていましたが、そんなことしてる人はいませんでした…。

 

 まあ、それはさておき、ひもを持って手を合わせていた一人一人にその男性が「今、お願いごとしなかったか?お願いごとするんじゃないぞ、感謝の気持ちを表すんだぞ」と言っていたのには、あきれてしまいました。いくらなんでも、それはやり過ぎなんじゃないかと。

 

 最近はパワースポットブームなどもあって、参拝の仕方に詳しい方が増え、それはすごいいいことだと思います。それで、お参りする時は、お願いごとをするんじゃなくて、感謝の気持ちを表さなければならない、と言う方は多いですよね〜。テレビでタレントの何人かの方が同様のことを言っていたのを聞いたこともあります。

 

 この考え方自体は、全く間違ってないと思います。でも、それは、自分自身の心の中で理解し、自分ひとりで実践することであって、他人に押し付けるものではないと思うのです。

 

 お釈迦様は、人間にはたくさんの煩悩(欲望など、心を乱すもの)があるとおっしゃいました。そして、煩悩があるうちは、人間は生きる苦しみから逃れることはできないと。それで、お坊さんはその煩悩をなくし悟りを開くまで、全生活をかけて、苦しい修行を毎日行っているのです。

 

 それを、修行も何もしていない、普段は煩悩まみれの生活をしているような、我々と同類である衆生が、神仏の事柄になると急に偉そうに、他人に”指導”するなんて、それこそ大煩悩だと思うのです。

 

 我々は、煩悩があるために、日々いろんなことに悩みながら生活しています。それで、苦しみから逃れたい、理想を実現したい、と神様や仏様にすがってしまう。いったいそれの、どこが悪いというんでしょうかね〜?もしそんなことでお怒りになるような度量の狭い神様や仏様がいらっしゃったら、こちらから願い下げていいと思います。

 

 もちろん、和尚さんが、御法話などで、仏様に向き合う方法を教えてくださることがあります。そのような場合は、素直に受け入れて、日々の生活に活かしていくべきだと思います。

 

 でも、中途半端な知識しかない人が物知り顔で神仏を語り、信心について他人にああだこうだ言うのは、とてもみっともないことだと思いますので、止めた方がいいのではないか、と思うのです。

 

 さて、ここまで読んでいただいた方のために、おまけの写真です。川崎大師の仲見世通りの様子です。

 

👇仲見世通りの入り口です。

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👇川崎大師名物の、咳止め飴のお店が何軒もあります。店員のお姉さん方が積極的で、試食を勧めてきます。奥には、包丁でまな板の上の飴を切る職人の方。「トントントントン」という小気味いい音があちらこちらから聞こえてきます。

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👇飴屋さんの他、だるまを売るお店、お土産を売るお店、おそば屋さん、おまんじゅう屋さんなどのお店が並んでました。

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